【スケア・キャンペーン】どこまでが演技?それとも本物?【視聴感想】
先日amazon primeでスケア・キャンペーンという映画を観たので感想を。
総評 : ★★★★☆
怖さ : ★★☆☆☆
グロさ: ★★★★☆
面白さ: ★★★★★
簡易あらすじ、感想(ネタバレなし)
まずこの映画の大まかなシナリオはありきたりなもの。お化けや殺人鬼でドッキリさせる番組。しかしあるとき実際の本物の殺人鬼が現れてパニック!というもの
ありきたりな展開から、この映画、何が面白いかというと見せ方だった。普通の作品ならうわ!本物でたよー!キャー!パニック、終わり。
けどこの作品は「どうせそれを含めてた二重のドッキリなんでしょ」とか「え?それもドッキリ? というかどこまでドッキリ? というか本当にドッキリ?」と終盤まで視聴者に猜疑させる魅せ方、演出や伏線の貼り方がうまかった。
感想(ネタバレあり)
あらすじ・:オチ
ドッキリ番組を作成していたら、本物の殺人鬼がきた!パニック!
しかし、それすらも実は関わったスタッフ(主人公)を自体を驚かせるためのドッキリだった。・・・と思ったら今度は本当に殺人鬼(集団)が介入してパニック!
なんとか逃げ出せたと主人公と子供(アビー)だったけど、実はアビーも殺人鬼の一味だった・・・終わり。
この作品の良かった点
ぶっちゃけ結末に関しては納得いかなかった人もいるかもしれない。バッドエンドだし。けど自分は非常に楽しめた。理由はやっぱり最後まオチを予測したくなる展開と演出のうまさがあったからだ。
そのうまさの1つに最初の導入場面があると思う。まず冒頭に『お化けから逃げる→でも実は主人公たちが作ったドッキリ番組でしたー』という展開を見せる。これだけなら、あ、そのうち本物の殺人鬼くるな、と思わせるだけで終わる。
しかしその後、実際の殺人場面を撮影してネットに投稿してる殺人集団がいることを示す。そして視聴率を奪われており、奪還のためもっと刺激的な内容を、手段を選ばない番組をスタッフ(主人公たち)が作成する必要性を見せる、というシーンを挟む。
この展開によって視聴者に2つの事を示唆していると感じた。
1つ目は番組作成のためなら手段を問わない必要がある→つまりドッキリ番組で本物が出た!・・・と思ったけど実はそれを含めてもドッキリ! ・・・という番組(=手段を選ばない作品)をつくるんじゃないか? と視聴者に思わせること。
2つ目は本物の犯罪集団介入の示唆。実際に犯罪行為を犯してまで動画を撮るいかれた集団がいる=そいつらが実は殺人鬼としてスタッフの番組に介入してくるんじゃないか?と思わせること。
つまり普通なら
『ドッキリ番組に本物でた!?』
で終わるのが
『本物出た!? けどこれもドッキリ? いやそれとも冒頭のリアル犯罪野郎?』
と二重にも三重にも作品を疑う楽しみをくれて非常に楽しかった。
何気ない伏線もうまいと感じた。
終盤の主人公が犯罪集団の一人を撃退して殺すシーン。お面が外れて出てきたのは子供の顔。あのシーンは悲惨な状況に抗う主人公の強さをみせると同時に、ネットの犯罪集団=若者という異常性を見せつけ意味があったと思う。だがそれに加えて犯罪集団→子供、子供であるアビーも一味である可能性を示すシーンに感じた。
また最後のシーンが素晴らしい。
最後主人公がアビーと車で逃げる中、社内に何故かあるカメラをチラチラと気にする様子で映画が終わる。人によってはよくわからない尻切れな終わり方に見えるかもしれない。ただ一方で今後どうなるのか、何を意味してるのか、見終わった人にいろいろ想像させてくれる終わりにも感じた。自分には最後のシーンは数通りの解釈があると思った。
①主人公はたまたまカメラを見た。というかそもそも気づいていない。最後までアビー含めた犯罪集団の手の上で社内の様子まで撮影される。この後殺される可能性も
②主人公がカメラに気づいた。もしかしたらアビーの裏切りにも気づいたかもしれない。この後アビーから逃げる、もしくは反撃の可能性
③もともとカメラの存在を知っており、意識していた。つまり主人公も犯罪集団の一味であり、実はアビーの方が最終的にドッキリを仕掛けられる側だったという可能性
④カメラの存在を知っており、意識していた。今までの犯罪集団の介入を含め、全部が番組の演出。誰も殺されていない。そして出来上がったのがこの作品(映画)ということ。
1,2が一番可能性が高く無難な解釈だと思う。けど3,4である余地を残しているのが面白いなぁと感じた。とくに4はある意味映画という作品なんだから当たり前なんだけど、改めて「作品=みんなわかってて演技である、本物である」という事実を再認識+疑問視させてくれる。
犯罪集団のデザイン
完全な好みなんだけどこのパージ(映画)臭がする犯罪仮面、大好きです
装備も『レトロ武器+カメラ』というありそうでなかった斬新さが本当に心打たれました・・・(感涙)
かっこいい・・・かっこよすぎるよ・・・
ここが気になった
ある意味、今回の事件の根源であるあのチーフが最後までまったく関与してないのが腑に落ちなかった。もちろん悪い人=悪い目にあうべき、という考えはよくないが、わりとスタッフ達はみんな良い人なのに悲惨な目にあって、チーフはなんにもなしというのは悲しい。せめてチーフ自体が仕掛け人で犯罪集団を手引きしていた! っていうオチなら凄く納得できたし面白かったと思う。
憎たらしいおばはん
おわり
というわけで単純なホラーものではなく、この『スケア・キャンペーン』という映画は作品の中の作品、という作品の入れ子(再帰的) 構造であり、どこまでが作品か、作品って何?ということを感じさせてくれるとても良い映画だった。